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「さくらのもり」で考えた。

社会福祉士が、福祉や社会保障についていろいろ考えてみるブログです。

貧困JKについてもう少しかんがえた

40年近くとり続けていた新聞をやめちゃった、自分です。

今回はメディアについてすこしかんがえたいです。

 

メディアが今回のような報道をする動機とはなんなのでしょうか。広く国民に訴えて世論を形成し、政府に対策を打つよう促すためなのでしょうか。

 

それとも、単に視聴率や部数を稼ぐためなのでしょうか。もし「売れる」コンテンツとして貧困の話題を取り上げるだけなら、それしかしないのなら、メディアも立派な貧困ビジネスになりさがっています。

 

政策決定のための世論喚起も重要です。しかしメディアにはもっと大きな責任があるのではないでしょうか。

 

たとえば現に貧困に陥っている視聴者、読者のために有益な情報(たとえばPCが買えない人のために、無料で使えるPCのある場所の情報など)を放送や紙面を通じて伝えることはできないのでしょうか。

 

貧困家庭の子どもに同情して、なにか手助けができないかと考えている人に適切な支援の方法(政府反対みたいなデモ行進の情報ではなく)をアドバイスすることはしているのでしょうか。

 

実名をさらす形でコンテンツを制作し、そこで得た収益をメディアの側で独り占めしていていいのでしょうか。そこで得た収益の一定部分をきちんと貧困JK、Uさんに還元すべきではないのでしょうか。

 

新聞社は貧困家庭の子どもが経済的理由で進学をあきらめなければならない、という現実を目にしたときに、なぜ新聞奨学生という諸外国にも例のないすばらしい制度を記事にしないのでしょうか。一日にほんの数時間、新聞を配るだけで返済しなくてもいい奨学金がもらえ、しかも住むところと食事も提供されるという制度です。子どもの貧困を取り上げるときには、同時に一面の半分ぐらいを使って紹介してもいいのではないでしょうか。それともあまり読者にすすめられない制度なのでしょうか。

 

自分の子どもは、実は新聞奨学生をやりながら(Uさんが進学を希望しているような)アニメの専門学校に通い卒業しました。ああいう専門学校は学費が高いため、新聞社が出す奨学金では足りず、卒業時に100万以上のお金を出すことになってしまったのですが、それでもとにかくわが家のような貧困家庭でもアニメ専門学校にやることはできました。

 

子どもの貧困の問題は社会全体で解決すべき問題です。そして社会全体というときには、メディア自身も、読者や視聴者も、さらに生活困窮者本人も含まれているのです。

 

現在のメディアの姿勢は、貧困問題をアベノミクスなどのせいにして、単に政権攻撃のための材料として利用しているだけにしか見えません。Uさんにとってみれば、国会で自分のことが取り上げられ、いろいろ審議されなにか政策化されることよりも、NHKも制作にからんでいるアニメの現場にインターンシップとして参加させてもらえるとか、Eテレの子ども番組のキャラクターの作画をやらせてもらうとか、そういう直接的な支援のほうがうれしいのではないでしょうか。

 

今回のUさんの問題に対し、冷泉彰彦さんが的確なコラムを出してくださいました。さすが鋭いなと思っていたら、一方で湯浅誠さんがまるで転向声明みたいな文章を書いているし。もうステレオタイプな貧困報道はやめにしませんか。