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「さくらのもり」で考えた。

社会福祉士が、福祉や社会保障についていろいろ考えてみるブログです。

ハンセン病強制隔離政策

 日弁連法務研究財団が2005年3月に出した「ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書」は、2001年に元患者が提訴した「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟(2003年に熊本地裁で元患者側が勝訴し、国が控訴しなかったため判決が確定)をうけて、再発防止の観点からまとめられたものである。

 日本においては、1907年に「癩予防ニ関スル件」に始まり、1996年に「らい予防法(新法)」が廃止されるまでの間、ハンセン病患者は国家により強制的に収容されていた。こうした憲法違反の状態がなぜ90年間も続いてしまったのか、その責任はどこにあるのか、それを検証し再発を防ぐことがこの報告書の目的であった。

 医療界に責任がある事はもちろんだが、報告書はさらに法曹界福祉界、教育界、宗教界、患者団体、そしてマスコミにも責任の一端がある事を認めている。

 ハンセン病はかつては「業病」と言われ、あるいは遺伝病とも考えらえていた。それがらい菌の発見により伝染病であることが科学的に証明された。このことは患者にとって救いとはならず、「因習」による差別から「科学的」な差別へと質を変えただけの差別構造におかれたままとされた。

 「業病」あるいは遺伝病であれば、差別を受けていても社会のかたすみに存在が許される場所を確保することは可能であった。しかし伝染病となったことで、患者は家族や地域からひきはがされ、療養所に隔離されることになったのである。

 強制隔離が90年も続いたことの一つの要因として、社会からの隔離・排除がある。予防法と言う「制度」により患者は社会から排除された。患者の姿は社会から見えなくなってしまった。その時、社会から見えなくなってしまったものは、患者だけではない。医療者などの援助者も、そして隔離をすすめた「制度」すらも社会から見えなくなってしまったのである。

 こうした事例は、ナチスドイツ支配下のユダヤ人の問題と非常に似通っている。そして実は現在の障がい者や高齢者の問題でもある。社会的排除が好ましくないのは、当事者の人権が侵害されるためである。だが実はそれだけではない。排除が許されないのは、援助者も制度や援助技術も社会の側からコントロールできない質のものに変化させてしまうからなのである。 (もう少し続く)。